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改めてセルフマネジメントを考える

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僕は自分が仕事をする上で常にセルフマネジメントを意識しているし、自部署のメンバーに対してもセルフマネジメントの重要性を伝えているけど、そのセルフマネジメントが何を指しているのかを明確に伝えてこなかったように思うので、改めて明文化してみた。 以下が僕の考えるセルフマネジメントだ。 自身のキャリアやスキルについて自ら考え、計画し、行動する 自分の精神的身体的健康について自己判断し、自分でケアする 所属部署の目標から自身がやるべきアクションとターゲットを自ら考え、その達成のために行動する 業務をプロアクティブに遂行し、完結する 全ての課題を自分ごとと捉え、指示待ちにならず、他責にせず、ポジティブに向き合う 保身やプライドによって自身の考えに固執することなく、他人の考えを尊重し、常に最適解を求める 自身で解決出来ない課題に対し、適切なタイミングで適切な相手にサポートを求める 前提として、これは僕が他の人に対して期待していることではなく、 僕がこう在りたいと考えているセルフマネジメント であり、他の人に押し付けるつもりはない。 何故こういった考え方をするようになったのか、と自己を振り返ってみると、僕自身が大きな裁量と権限を持って仕事をしたいからだと思う。はっきり言ってしまえば「 俺に全部任せろ、結果は出すから」 というのが僕のスタンスであり、仕事への向き合い方なのだ。なので細かい指示をされたり命令されたり、許可を求めながら仕事するのは、窮屈で嫌だ。もちろん結果が出せなきゃその責任は取るので、好きにやらせて欲しい、と思ってる。 特にキャリア、スキル、健康については絶対に自分でコントロールするべきだと考えている。どこまでもいっても人生は本人で、キャリアもスキルも健康も人生を大きく左右するものであり、他人に任せたとしても責任は自分で取るしか無いのだ。 なお、セルフマネジメントは、裁量と権限がセットで無いと成り立たない。裁量も権限も無い中で自己管理で仕事しろというのは放置と同義だ。前述の僕のスタンスと同じように「全部任せるから好きにやっていいよ、その代わり結果は出してね」の中で求められるのがセルフマネジメント力だと思う。 この中で重要なのが最後の「自身で解決出来ない課題に対し、適切なタイミングで適切な相手にサポートを求める」というもの。セルフマネジメントとは何でもかんでも自分でやり切...

努力できること自体が才能なので、努力しただけで褒められるべき

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発明王トーマス・エジソンの名言としてよく知られる「天才とは1%のひらめきと99%の努力である」という言葉があります。実際の意図は「1%のひらめきがなければ、99%の努力は無駄になる」であったとも 言われています が、まぁどちらにせよ、ひらめきだけでは成功することはできず、そこには必ず努力も必要となります。 漫画「はじめの一歩」において主人公の師匠である鴨川会長は「努力した者が全て報われるとは限らん。しかし、成功した者は皆すべからく努力しておる」と言っていました。ここにも、成功において努力は必要不可欠であるとの強いメッセージがあります。 しかし、実際には誰もが努力できるわけではありません。 努力できること自体が才能 なのだと思います。 努力をしないことが問題だと言うつもりはありませんし、努力をしないという選択肢を選ぶことは個人の自由だと思います。必ずしも成功が万人の幸せなわけではないし、成功しなくても得られる生活によって満足する人だっています。 僕が言いたいのは「そもそも努力できない人がいる」という事実です。こういう方は選択の余地が無く、何かにおいて1位になったり、一流になったり、勝利したり、成功したりすることは難しくなります。それらには必ず努力が必要になるからであり、そして努力ができない、努力をする才能が無いからです。 これには実験の裏付けがあります。詳しくは10年前の WIREDの記事 に書かれていますが、ざっくり言うと、脳内の一部(左線条体と前頭前皮質腹内側部)におけるドーパミン作動性活性が高いと努力ができる、違う一部( 島皮質)の ドーパミン作動性活性が高いと努力できない、という実験結果があります。そもそも脳の作りや働きによって努力ができる人とできない人がいる、ということです。 繰り返しになりますが、僕は努力しない人が悪いとも思っていないし、責めるつもりもありません。僕が言いたいのは以下の2点です。 (1)努力できること自体が才能であり、その才能が無い人はそもそも努力ができないので 、努力できないことを責めてはいけない。 それは本人の特性であり個性だから。 (2)努力できること自体がすごいことなので、努力した結果が成功に結びつかなかったとしても、責めてはいけない。 努力しただけで褒められてよい。 人にはそれぞれ適材適所があるので、めちゃくちゃ努力する人は努力が...

「コミュニケーションはミスる」を前提にして可能な限り認識をすり合わせる5つの方法

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僕は人間同士の完全相互理解は絶対不可能だと考えてるし、多くの人も同意してくれると思う。他人はどこまでいっても他人なのだ。にもかかわらず、会社でも、家族でも、友達でも恋人でも、常にコミュニケーションには不満がつきまとう。「上司が情報を伝えてくれない」「私の言ったことを全然理解してくれない」「なんかズレてるんだよなアイツ」「いつも変に誤解する」いやいやいや。だから完璧に情報を伝える手段なんて無いんだって。当然社長や上司だからミスをしないわけじゃないし、親だからって子供を完璧に理解出来るわけじゃない。 「コミュニケーションはミスる」は全ての人間関係の前提だ。 完璧なコミュニケーションなんて無い。しかし社会的生物である僕たちはコミュニケーションしなければ生きていけない。だから、コミュニケーションはミスる前提で、それでも認識をすり合わせるための努力をするべきなんだと僕は思う。 僕がいつも意識している「コミュニケーションはミスる」を前提にして可能な限り認識をすり合わせる方法を以下にまとめた。 書き出す 口頭で物事を伝えるというのは、頭の中にあるものを言語によって他者に伝えるということなので、当然他者からすると情報は耳から入ってくる言語しか無い。頭の中は見えないからだ、当たり前だけど。この伝えたいことを文字にアウトプットして共有し、同じ文章を見ながら伝えることで、情報量は抜群に増える。情報のインプットが耳だけだった状態から目と耳に変わるからだ。特にオンラインでコミュニケーションする場合、音声以外の情報が全て削ぎ落ちた状態なので、対面での会話以上に情報量が減ってしまう(メラビアンの法則)が、その欠点を文章化された情報が補ってくれる。 情報伝達方法を複数用意する 口頭も一つの情報伝達方法だし、文章もそうだけど、情報の受け取り方や受け取りやすい方法は人によってまちまちだ。文章のほうが伝わる人もいれば、映像や音声のほうが伝わる人もいるし、絵じゃないと伝わらない人もいる。伝える内容も大事だけど、伝える方法も大事なのだ。相手にちゃんと伝わる方法であるかどうかを意識しながら、可能であれば複数の方法で伝えると、更に伝わる確率が高くなる。 何度も伝える コミュニケーションは頻度が上がればその分正確性も上がっていく。意識したり記憶したりする物事というのは何度も経験していることだけだ。一回話したら分か...

自走する組織に必要なのはルールではなくガイドライン

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ということをいつも心がけている、という話です。 僕が組織のマネジメント職を20年ほどやらせてもらっている上で、いつも意識しているのは権限移譲とセルフマネジメントです。この辺の話は過去のブログにも書きました。 管理職のためのエンジニア組織構築マニュアル 管理職のための役職引退マニュアル 現場に口を出さないマネージャーの作り方 つまり「権限と裁量を同時に移譲し、責任感を持ってプロアクティブに仕事をしてもらいながらも、メンバーの良いところを更に引き出して高いパフォーマンスを出してもらう」ことこそが、マネジメント職のやるべきことだと思っています。 そのために僕がいつも権限移譲の際に伝えるのは、ルールではなくガイドラインです。ルールは規則や規定といった決まりごとなので「やること」「やってはいけないこと」が書かれたものです。ガイドラインは大まかな指針なので「方向性」「やったほうがいいこと」「やらないほうがいいこと」が書かれたものです。 ルールを提示した場合、そのとおりにすれば過去の実績からある程度の成功は見込めるものの、状況に応じた柔軟な判断が出来ませんし、メンバーの考えや意見が行動に反映されません。メンバーはルール通りの行動しか出来ず、結果としてルールを作成した人以上の成果は出せなくなってしまいます。 ガイドラインの場合、会社として望ましいと考える方向性だけが書かれているので、状況に応じた柔軟な判断も出来ますし、メンバーが考えるより良いやり方や行動を取り入れることが出来ます。ガイドラインを作成した人以上の良いアイデアがあればガイドラインをアップデートすることも出来ます。 これは権限移譲だけでなく、育成においても同様だと僕は考えます。1から10まで決まりきったカリキュラムをやらせることも時には(あるいは人によっては)必要だけれど、本当に価値のある育成は、メンバーに目指してほしい姿を伝え、現在とのギャップを一緒に認識し、そのギャップを埋めるための多種多様な方法を伝えて、その上で本人が取捨選択して自分自身で学習していく。企業や上長はそのサポートを行う。というのが、最も成長出来る育成方法だと思います。 学習する組織 ― システム思考で未来を創造する posted with AmaQuick at 2...

組織を構成するビルダー、フォロワー、ワーカーについて

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僕の経験上、新しい事業体を立ち上げたときの組織構成は大きく3つに分かれる。というか3つのタイプを必要とする。なお、ここではそもそもパフォーマンスが出ない人を含めていない。 その事業を成功させることに高いモチベーションがあり、その結果の責任も積極的に取るタイプ。会社の創業者とか新部門の責任者とか、立ち上げメンバーがコレに当たる。 もともとはその事業に対して特にモチベーションが無いんだけど、事業を担当することによって深くコミットし、結果としてモチベーションが高くなるタイプ。 事業に対するモチベーションが無いからコミットもしないんだけど、担当する業務はしっかりとこなすタイプ。 1をビルダー、2をフォロワー、3をワーカーとこの記事では呼称する。 事業が立ち上がったばかりの組織構成として、ビルダーは当然少ない。可能な限りフォロワーを増やすことを僕はお薦めする。事業のスタート時期というのは不足していたりそもそも無かったりすることがたくさんあり、それらをプロアクティブに拾い続けて解決するためにはモチベーションが必要だからだ。この時期の組織では、業務に対して合うスキルセットの人を採用する(=ワーカー)より、企業理念や事業ビジョンにコミットしてくれる人(フォロワー)を採用したほうがスピードが上がる。ワーカーがあまりに多いと作業指示が無いゆえの作業待ちが発生し、スピードが上がらない。比率的には1:6:3くらい。 事業がある程度立ち上がって順調に拡大するフェーズになると、今度はフォロワーをどうやってビルダーに成長させるか、ワーカーをどうやってフォロワーに成長させるか、が課題になる。このくらいのフェーズではマネジメント教育とかコーチング研修なんかが必要になる。企業理念や事業ビジョンを更に明確にし、言い続け、常に意識させる作業が必要になる。 そして、ある程度事業の形が出来てくると、ふわふわした仕事が少なくなるので、ワーカーを業務に対してアサインしやすくなる。こうなると2:4:4くらいの比率でも上手くいく。それでもワーカーを過半数以上にするのは僕はおすすめしない。事業にコミットしない人が増えると組織全体が「コミットしないのが当たり前」「コミットしない人が評価されて不公平」みたいな空気感が生まれちゃうことが多い。なので過半数以上は事業にコミットする人で固めたほうが良い。 つまり、組織の責任者は「...

正論を語るより裏取引をかわそう

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タイトルはノリで付けました。 ある問題に対して複数の関係者が議論を行う場合、正論をぶつけ合うことで議論が進まなくなるケースが多々あります。その原因の多くは「正論を語るスキルの低さ」です。 そもそも正論とは「道理にかなった議論」を指し、道理とは「物事の正しいすじみち」を指します。で、物事の正しさって何だよって感じちゃうと思うのですが、ビジネスシーンにおける物事の正しさは社会通念やビジネスマナーを指します。社会通念やビジネスマナーは(全てが文字として起こされているわけではないですが)ある程度まで共通認識となっており、そこから外れていないことがビジネスシーンにおける正論です。 で、ビジネス上で発生した問題に対して議論する場合、ありがちなのが正論が正論だけじゃなくなっちゃうことです。以下のような感じですね。 AがBした(事実)これはビジネスマナー違反(正論) AがBした(事実)本来はCするべき(意見の表明) AがBした(事実)誰がどう責任取るんだ(追求) 1は事実と正論の組み合わせなので、社会通念やビジネスマナーに関する認識に齟齬がない限りは異論は出ないと思います。しかし、2のような意見はそれぞれの立場によって変わってくるので最初から正解を導き出すのは難しいですし、3のように追求をセットにすると事実の話ではなく追求がメインテーマになりがちです。 でも本来この議論がやりたいのは、お互いに言いたいことを言うことではないし、追求ではなく解決策の認識合わせなのに、意見の表明や追求に時間を取られることで議論が発散しがちです。 僕は自他共に認める効率厨なので、不要な議論で無駄に時間を使うのは好きじゃありません。ブレストならともかく、問題が明確なのに議論を無駄に発散させて本筋を見失うのはイライラしちゃいます。 そこでおすすめは裏取引です。裏取引というと言葉が悪いんですが、それぞれの関係者の中である程度の裁量を持つメンバー同士で事前に認識合わせを行い、事実確認と落とし所の方向性を決めておきます。 最終的な落とし所自体は議論の上で決まるものなので事前に確定させることは難しいでしょう(し、そもそも事前に確定出来るのであれば関係者打ち合わせはショーでしかないのでやる意味がない)が、落とし所の方向性だけ決めておけば議論を発散させることなく収束することが出来ます。言うなれば、ここで言う裏取引はゴール...

テレワーク時代のコミュニケーションに顔写真は不要なのでは無いか

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コロナ禍に伴い、弊社も昨年2月以降完全在宅勤務となっており、僕自身ずっと自宅で仕事しています。で、同僚とはSlackやSNSでやり取りすることがほとんどなんですが、同僚について顔ではなくてアイコンで認識しているな、と改めて気づきました。 結果、テレワーク時代のコミュニケーションに顔写真は不要なのでは無いか?と思ったわけです。以下に理由を書きます。 個人を判断できる画像であれば顔写真である必要は無い コミュニケーションするときに、それが特定の誰かであることを判断するためにSlackやSNSにはアイコン設定があるのですが、逆に言えば判断さえ出来れば何でもいいんです。そして実は顔写真のほうが判断しづらい。 顔写真アイコンを視るとき、別に顔を見ているんじゃなくて、服装や背景や全体的な色味、あとは構図で区別していて、顔をじっくり見ているわけじゃないんですよね。正直に言えば同じような服装で同じような色味で取られた顔写真は判別が出来ません。全部同じに見えちゃう。 むしろ、自分の好きな動物だったり、自分の好きな絵やキャラクターだったりをアイコンとして使っていたほうが(かぶらない限りは)特定個人の判断が容易です。例えば弊社にはナマケモノをアイコン画像に使っている社員がいるのですが、ナマケモノは社内に1人だけなので、すぐにその社員であると特定できます。こっちのほうが便利です。 そもそも顔写真は美化されたものが使われる オンライン会議がすっかり普及した昨今、社内外の方と毎日オンライン会議をしていますが、事前に確認していた顔写真とオンライン先の相手の顔が一致しないことって、正直よくありません?僕はあります。オンライン英会話の先生は特にそうです。 多くの人がそうだと思いますが、顔写真をパブリックに出す場合、より美しいもの、見栄えが良いものを使いたいと考えます。結果、一番見栄えが良い構図で一番美しく見えるライティングで撮影し、色彩やコントラストを調整して、どんどん美化された顔写真を使いがちです。 そうすると、実際に対面した場合、そこにギャップがあり、すぐに顔写真と本人が一致しない状況が発生します。であれば、別にアイコンって顔写真じゃなくて良くないですか。どうせギャップがあるんだから。 自分自身でさえ自分の顔をずっと見ていたくない 外見が洗練されたイケピープルの皆さんは自分の顔が好きかもしれませ...

コミュニティマーケティングも目標は数字(売上)で持つべき

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コミュニティマーケティングとは、みたいな話はしないのでこの本を読んで下さい。 ビジネスも人生もグロースさせる コミュニティマーケティング posted with AmaQuick at 2020.09.30 日本実業出版社 (2019-03-20T00:00:00.000Z) 小島英揮(著) Amazon.co.jpで詳細を見る 基本的にマーケティング活動の目標は売上であるべきです。それが営利企業の活動の一環である以上、コストに対するパフォーマンスは売上しか無い。その売上という目標をブレイクダウンしたものが獲得リード数や案件創出数で、そこから受注案件が発生し、売上になります。 だから、マーケティングの目標が獲得リード数になるのは手段と目的が入れ替わってることに他なりません。リードを獲得するのはあくまで手段。目的はそこから案件を受注することで発生する売上そのものです。 つまり、マーケティング部門が出すべきレポートは かけたコスト 新規獲得したリード数のうち商談化見込みがあるもの(商談化見込みが無いゴミリードは除外) マーケティング活動から発生した案件数と受注金額 で、かけたコストに対して案件を作って受注できた金額が、マーケティング部門の成果です。 これは、コミュニティマーケティングでも同様だと考えています。そのコミュニティが開催するイベントやセミナーに参加する人数や、メールニュースの登録人数や、その商材のブログを書いてくれる人数...そういったものをコミュニティマーケティングの成果として定めてしまうと、本来の目的からかけ離れます。あえて言っちゃうと、それらを目的に活動するのは超簡単で楽なものです。 コミュニティマーケティングも、目標は売上という数字で持つべきです。つまり、そのコミュニティを通じて、それらの人が実際の商材を使ってくれて、それで発生する売上こそが、コミュニティマーケティング担当者の成果です。コミュニティはカスタマーサクセスの側面もありますので、新規の獲得だけでなく既存顧客の継続利用にも効果があります。ですので、LTVを目標に設定しても良いと思います。LTVも数字であ...

「許可を得るな、謝罪せよ」が意図していること

 弊社ではセルフマネジメントとアウトプットファーストを行動指針として掲げていますが、セルフマネジメントを象徴する言葉としてよく使われるのが 「許可を得るな、謝罪せよ」 です。 細かい話は 以前ブログにした のでそちらを読んで頂くとして、この言葉が意味するのは「アクションするのにいちいち許可を得る必要はない。許可を取る時間が無駄。やっていいですかじゃなくてやりましたと言えばいい。その結果間違っていれば謝れば良いだけ」です。 何故この方針を取るのか、この方針によってどのような結果を期待しているのか、を改めて整理したいと思います。 アクションのスピードを上げたい これは上述した意味の通りで、何らかの施策や企画があるときに、上長の許可を取るために資料を作ったり、打ち合わせしたり、下調べをしたり、という時間が無駄だからです。 この考え方の前提として「小さな失敗を早くたくさんする」というのがあります。どんな施策も企画も、正解なんて誰にもわからないし、やり方次第で変わるものです。アイデアの時点であーだこーだ言うより、実際に手を動かしてやってみて、その結果から継続の判断を行うことで、リスクを小さく、コストも小さく、たくさんアクションすることが出来ます。 モチベーションを持って取り組んでもらいたい 何でもそうですけど、人に言われたことをそのままやるより、自分で考えたことを自分のやり方でやるほうが、面白いです。僕が仕事をする上で、または僕がピープルマネジメントする上で、一番重要視しているのは、面白いかどうか、です。 担当者がモチベーションのないままやって成功することなんて(ほとんど)ありません。その施策や企画の実施に一番モチベーションがあるのはそれを考えた人なので、その人に主導してもらうのが一番成功率が高いです。 主体性を持って取り組んでもらいたい モチベーションと同様に、担当者が主体性のないままやって成功することなんて(ほとんど)ありません。その施策/企画を自分ごととして捉え、だからこそ知恵を絞って、全力を発揮する、つまり主体性を持って取り組むことが、一番成功率が高いです。そしてもちろん、一番主体性を持てるのはそれを考えた人です。 なお、主体性と責任は違います。前述の通り「小さな失敗を早くたくさんする」ためには、失敗に対して責任を追求するのではなく、結果と知見を追求する、とい...

ネガティブなフィードバックをする時に意識したい7つのこと

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僕は現在は取締役兼事業本部長という立ち位置でお仕事させて頂いてますが、元々はエンジニアで、かつピープルマネージメントを15年以上しておりました。僕がマネジメントしたメンバーは合算すると200人以上になります。正直に言えば、楽しいことはたくさんあったけれど、もちろん辛いことも多々経験していまして、特にメンバーに対してネガティブなフィードバックをすることは大きな苦しみの一つです。 最近、自分の部署の若いマネージャーから、ネガティブなフィードバックを上手に行うことが難しく課題に感じている、という声があったので、僕の経験をまとめてみました。 ポジティブなフィードバックをセットにして伝える どんな人にとっても、悪い話を聞くことは楽しい経験ではありません。悪い話だけを聞き続けると、不愉快な感情が理性を覆い隠してしまいます。しかしフィードバックとは叱ることではなく、どのように改善していくかを議論するためのきっかけであり、感情的になることはマイナスに働きます。ネガティブなフィードバックを伝える時は、ポジティブなフィードバックをセットに、出来れば先に伝えます。良い点がない人はいません(そんな人は採用していないはずです)から、必ず褒めるポイント、褒めるべきアウトプットがあるはずです。ポジティブなフィードバックをセットすることで、相手の感情のバランスを取ることが出来ます。 ネガティブな内容を責めるのではなく事実として伝える 上述の通り、フィードバックの目的は叱責ではなく改善なので、「なんで出来ないんだ」とか「どうして出来なかったんだ」ではなく、事実としてのネガティブな現状を正確に伝えることが重要です。例えそれが叱責に値する内容であったとしても、どちらか一方が感情的になると必ずもう片方も感情的になるので、冷静に正しく事実のみを伝えます。 期待値を提示する ネガティブなフィードバックには、必ずあるべき姿、こちらが期待していた姿があるはずなので、それを伝えます。その際には一方的に伝えるのではなく、こちらの期待値を根拠と併せて伝え、その上で一緒にその期待値の妥当性を議論します。この期待値のすり合わせをしないと、メンバー本人の振り返りも生まれず、改善のためのアクションも「言われたからやる」だけになってしまいます。 なぜネガティブな結果になったのかをヒアリングする 人それぞれ様々な事情や環境がある...

リモートワークは仕組みじゃなくて文化です

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ここ最近、コロナウイルス関連の報道が数多くあるが、その中でも多くの企業がリモートワークを推奨するという記事やプレスリリースが注目を浴びている。それ自体はもちろん大変望ましい。不要な対面での接点を減らすことで感染リスクを抑えることが出来るし、通勤ラッシュや首都圏への経済集中も抑制出来るからだ。 だがちょっと待ってほしい。リモートワークというのは社員が在宅で働くことだけを指すのではない。 社員が在宅で働いても出社時と同じパフォーマンスが出ること をリモートワークというのだ。だからこの記事のタイトルで「リモートワークは仕組みじゃなくて文化です」と書いた。 弊社がリモートワークを導入したのは2011年の東日本大震災がきっかけだけれど、9年経った今、どのようにリモートワークを運用して、そしてパフォーマンスを維持しているかを共有したいと思う。以下のことが文化として根付けば、その会社のメンバーはリモートワークでもオフィスでも同じようなパフォーマンスが発揮出来るはずだ。 1.勤怠を厳密に管理しない え、だってダルくないすか。管理するの。何時に働き始めて何時に働き終わったかなんて関係ないっしょ。大事なのは働いた結果のアウトプットであり、働いた時間なんか問題じゃない。 2.休憩も厳密に管理しない え、だってダルくないすか。管理するの。何時に休憩し始め(ry 3.工数を厳密に管理しない え、だ(ry 4.目に見えるアウトプットを意識する 当然のことながら、仕事は結果が全てであり、結果が出なければどこで何時間働いたって意味がない。そして結果というのは目に見えなければ意味がない。 だからこそ、アウトプットを出すこと、アウトプットを評価することに徹底的にこだわる。それはドキュメントかもしれないし、お客様やパートナーとコミュニケーションするためのメールかもしれないし、社内の改善活動かもしれないし、メンバーへのフォローかもしれないし、ブログかもしれないし、Slackでの発言かもしれない。 とにかく目に見えないものは周りも認められない。目に見えるアウトプットしか評価されないし、そのために徹底的にアウトプットするんだ、という意識を社内でしっかりと作ることが重要。 5.コミュニケーションコストを意識する どんなに頑張っても、オンラインのコミ...

偉い人が現場に口を出す弊害とマネジメントの原則について

これはITに限らないことなんだけど、社長でも部長でも課長でも、偉い人が現場のチームに口出すのは以下のような理由がある。 自分のほうがうまく出来ると思っている。 自分がやらないとうまくいかないと思っている。 現場を信頼していない(できない)。 現場の失敗が怖い(現場の失敗により自分が責任を負うのが怖い) 暇(偉い人が暇なはずないんだけど、本来自分がやるべきことをしていないがゆえに暇) そして、偉い人が現場のチームに口を出すことの弊害は以下の3つ。 モチベーションの低下 ... 現場で考えたことが否定されたり、現場の方針が変更されたりするので、メンバーの「自分たちでやっていくんだ」というモチベーションが低下する。 成長機会の損失 ... 偉い人は経験があるから偉い人になっているので、言っていることが間違いで無いことも多いんだけど、偉い人がいちいち口出すことで現場に失敗する経験をさせることが出来ず、結果的に現場のメンバーが成長する機会を失ってしまう。 逃げ場 ... 偉い人があれやこれや口出すことで、仕事がうまくいかなかったとしても「偉い人のせいだ」「偉い人の言う通りにやったから失敗した」という気持ちの逃げ場が出来てしまう。 では、偉い人は本来どうするべきなのか?僕は以下の2つがマネジメントの原則だと考える。 3W1HのSelf management ... When、Where、Who、How。いつまでにやるのか(やれるのか)、どこでやるのか、だれがやるのか、どうやるのかは、現場に任せ口出しをしない。WhenはHowに依存するので個別に指示をしても意味がない。 2WのTo be responsible ...What、Why。何をやれ、何故ならばこうだからだ。ミッションとミッションをやるべき理由を明確にする。偉い人が言わなきゃいけないのはこの2つしか無い。そしてこの2つに対して徹底的に責任を持たせる。 これはつまり分業で、現場は現場のミッションをこなすべきだし、偉い人は自分の責任範囲におけるビジネスの最大化についてしっかりと考え行動するべきなのだ。偉い人が現場に口出しばかりしているのは、つまり本来偉い人がやるべきビジネスの最大化がおろそかになっていることに他ならない。 会社はチームで、役職なんて役割でしか無い。こ...

セルフマネージメントを構成する5つの要素

僕は2015年7月から1年3ヶ月ほど部長という立場で仕事をさせてもらっているんだけど、当初から『このチームの目指すところは徹底的にセルフマネージメントを求める「超自律的組織」であり、全員がリーダーでありマネージャーでありプレイヤーです』と言い続けてきた。 このメッセージは現時点でチームメンバーにちゃんと伝わっていると感じてはいるものの、セルフマネージメントという言葉をきちんとした形で定義してこなかったせいで、誤解や、適用範囲に認識の誤差があるように思う。これは僕の落ち度です。 そこで、僕が考えるセルフマネージメント、僕がセルフマネージメントという言葉の中に込めた5つの要素を、文章として整理する。 1.業務のセルフマネージメント 最も狭い範囲でのセルフマネージメントがこれ。労働時間、労働環境、与えられたタスクの消化や担当するプロジェクトの達成を、自身で管理し、適切な形で成果を出すこと。 弊社ではフレックス勤務やリモートワーク推奨などを行っているが故に特に強く意識されがちだけど、社会人としては当然のことなので敢えて意識することではない。 2.目標のセルフマネージメント ここで言う目標は、厳密に言うと「企業に所属する社員としての目標」で、 イコール成果 であり、この成果は評価に繋がるんだけど、これも会社から成果目標を与えられるのでは無くて、成果目標を自身で設定し達成するための行動を取る。目標を自分で管理する。 なぜなら、他人から与えられた成果目標を達成するために行動するのは楽しくないから。 自分で目標を立ててそこに向かって創意工夫していかないと、楽しくない。 もちろんその成果目標は会社のビジネスモデルと方向性が一致してなくてはならない。また、泥臭い話になるけど、出来て当然の目標であれば評価は変わらないし、高い目標を達成すればその分評価に繋がる。自分がどう評価されたいかによって目標は変わってくる。 3.成長のセルフマネージメント 言い換えれば、個人としての目標とそれを達成するための努力のマネージメント。自分の3年後5年後を見越した目標を自身で設定し、達成するための行動を取る。 成長は何もしなくても起こるものではないので、そこには努力が必要なんだけど、誰かに言われてやる努力ほどつまらないものはない。何になりたくて、何がしたくて...

2015年の僕の会社ブログ活動を振り返る

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2015年も残すところ後7日。 弊社 は Developers.IO という技術ブログをやっているんだけど、今年のアウトプットはやりきったので、2015年の僕の会社ブログ活動を振り返ってみる。 佐々木 大輔 | Developers.IO 結果として、2015年は140本のブログを書いた。2014年は127本だったので、昨年を越えたアウトプットを出せたのは良かったと思う。7月以降管理職になってしまい、なかなか技術検証に時間を掛けることが出来なくなったんだけど、投稿ペースは落ちてない。これは技術検証ブログが減った代わりにイベントレポートを頑張っていたから。なお2015年は 弊社で一番ビューを稼いだ男 になれたので、 結構頑張ったな 僕 、と思ってる。 2015年で一番SNSシェア数を稼いだのが「 AWS IoT ButtonでAWS IoTを体験してみた! #reinvent 」。re:invent会場でIoT Buttonを入手して速攻ブログ書いたやつで、速報性を楽しんでもらえたものだと思う。SNSシェア数は大したことなかったんだけど一番ビューを稼いだのが「 はじめてのRaspberry Pi 2 」で、検索で引っかかりやすかったのかなと推測。 弊社ブログにはランクという制度があるんだけど、現時点でRANK 76。今年の 1 月30日 時点ではRANK 30だったようなので、今年1年で46ランクアップしてる。たくさん本数稼いでる分上がりやすいみたい。 それと、会社ブログとは直接関係無いんだけど、今年は IT Leaders で 連載 も書いてた。こちらも来月が最終回で、おかげでそれなりに読んで頂けていたようだ。こういった社外メディアへの寄稿も、できるだけ頑張って続けていきたいなと思っている。 以上が2015年の僕の会社ブログ活動の振り返り。上述の通り、最近はブログを書く時間をなかなか確保できなくなってるんだけど、 ブログの会社 の部長職として、2016年も頑張ってブログを書いていきたい。 Amazon Web Servicesクラウドデザインパターン設計ガイド 改訂版(日経BP Next ICT選書) 玉川 憲,片山 暁雄,鈴木 宏康,野上 忍,瀬戸島 敏宏,坂西 隆之 日経BP社 売り...

大いなる自由には大いなる責任が伴う、と彼は言った

と思ってたんだけど、ググってみたら「大いなる"力"には大いなる責任が伴う」だった。誰かと言うと、スパイダーマンの叔父、ベンである。まぁ無かったことにして話を続けよう。 僕が勤めている会社ではフレックス勤務制度があり、かつリモートワークが推奨されている。基本的に業務開始と終了は社内チャットで共有するように言われているけれど、厳密なルールではなく暗黙の了解である。つまりリモートワークでかつフレックスであれば、何処で何時から何時まで働いているのか、誰にもわからないわけだ。特に何も管理していない。大いなる自由が与えられている。 そして、もちろん、そこには大いなる責任が伴う。つまり成果だ。成果をあげないものに自由を与えることは出来ない。自由どころか価値が無い。逆に言えば、成果さえあげるのであれば、どんな自由でも与えられる。1日で1000万円稼ぐ人がいれば、1ヶ月の残りはずっと遊んでいたって良い。それだけの価値がある。 さて、ここで問題になるのが、「何を持って成果を達成したとするか」だ。成果主義は一見分かりやすいようで、これを決めるのが難しい。業務内容によってもスキルによっても違うからだ。でもこれを決めなければ、自由に対する責任が達成できたかが誰にも判断できない。 もちろん責任を問わないという方法もあるだろう。自由だけは万人に与える。しかし、いつか不公平感が蔓延し、崩壊するのではないかという不安がある。やはり成果を評価し、達成したものを褒めるような、仕組みが必要なのではないだろうか。 あ、オチは無いです。難しいね、って想いを書いただけ。

人は罰則では動かない

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僕はかれこれ10年以上中間管理職をやっており、様々な失敗を繰り返して、色々なことを学んできた。その中で強く思ったことの一つに、人は罰則では動かない、というものがある。 例えば技術習得を目的とした勉強であったり、資格取得であったり、社外勉強会への参加であったり、会社の施策として色々とメンバーにやってもらいたいことがある。こんな時「やらない人には罰を与える」方式を取っても、結局やらないし、やったとしても嫌々やるので身につかなず、一回だけやって次からはまたやらなくなる。文句を言われないためのパフォーマンスだからだ。 じゃあ、罰則ではなく褒賞を与えるのはどうか?これもまた同じくで、やらない人はやらない。人に言われて何かをやること自体に抵抗があるから。そして褒賞に魅かれてやる人にとって、褒賞が効果あるのは1回や2回程度で、3回目になると慣れるか、もっと褒賞を寄越せと要求するようになる。同じ褒賞であればもういいや、やらない、となってしまう。 結局、どんな行動も、指示や命令でやらせることは出来ない。個人であれば習慣、組織であれば文化にならないと、行動し続けることは難しい。習慣付けば、文化として醸成されれば、行動し続けることが可能になる。 そのためにはどうしたらいいんだろうか。罰則もダメ、褒賞もダメ...結局、言い続けるしか無いんだろうな、というのが今のところの結論。山本五十六の「やってみせ、言って聞かせてさせてみせ、 ほめてやらねば人は動かじ」という言葉があるけれど、言う立場の人がまずやり、そして言って聞かせて、出来たことに対して褒める、というのを繰り返し繰り返しやって、その行動自体が 習慣になるようにしてあげる。 それでもやらない人は何をしてもやらないんだろうけど、諦めず言い続けないといけない。前職の社長に「管理職というのは諦めちゃダメだ、決して動かない相手でも、匙を投げずに言い続けなくちゃいけない」と言われたけど、正にその通りなんだと思う。 まぁこんな話はカーネギーでも散々言われてることなんだけど、改めてそう思ったので描いてみた。 人を動かす 新装版 デール カーネギー,Dale Carnegie,山口 博 創元社 売り上げランキング : 96 Amazonで詳しく見る by AZlink

責任分界点を定める、ということ

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責任分界点を定めるということは、それぞれが主導権を持って行う作業の範囲を明確にし、かつ、お互いに自分の作業だと思い込んでいるようなグレイゾーンや、誰も自分の作業だと思っていないホワイトゾーンを作らないために行うことだ。 それぞれが自分の作業範囲のみを行うといった、壁を作るためにやるわけでは無い。自分の責任外の作業で遅れが発生したのであれば、手伝うか、あるいは責任分界点を再定義し作業を巻き取る。なぜならゴールはプロジェクトのアウトプットであって、各自の作業範囲内だけのアウトプットでは無いからだ。逆に自分の作業範囲に固執し全体を俯瞰して見れないメンバーはプロジェクトのブレーキとなり害にしかならないので、責任を持たせず道具のように使ったほうが良い。 にも関わらず、壁を恐れるように責任分界点を明確にしないマネージャーが一定数いて、結果的にグレイゾーンやホワイトゾーンによってトラブる。プロジェクトのスタートでは個々の責任分界点を明確に定めるべきだ。 責任分界点は対顧客でも(当然)必要で、かつ、いかに分界点を越境できるかが、イコール顧客満足度なんだよね。やみくもにサービスしてもダメで、ここから先はサービスですってことが顧客が明確に分かるようにすると、満足してもらいやすい。 っていう話をTwitterに書いた。

2015年の抱負

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明けましておめでとうございます。今日から仕事初めです。 2012年 までは毎年抱負をブログに書いてたんだけど、2013年は仕事がブラックでそれどころじゃなくて、2014年は単身赴任でそれどころじゃなかったので、実に3年ぶりの抱負です。 私生活 家族が笑顔で過ごせる土台になる。 家族と向き合い話し合う時間を大切にする。今年から長男が中学生になり、接する時間が減ると思うけど、ちゃんと受け止める時間を作る。 サッカー少年団のコーチとして子供達が楽しくサッカー出来るように育てる。 ダイエットで体重を-5kgにする。 引っ越しの予定があるので、ちゃんと計画を立ててスムーズに終わらせる。 仕事 エンジニアとセールスのどちらも頑張る。 更にオフィスのマネージャとして皆が気持ちよく仕事出来る環境を作る。 北海道の皆さんに弊社を知ってもらう。 勉強 昨年爆死して反省した英語をちゃんと勉強する。勉強方法から考え直さないといけない。 AWSでは特にEC2 Container Serviceについて深く探究する。 今年も身につけた知識を積極的にアウトプットする。

ぼくがかんがえたさいきょうのりーだー

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僕は会社でマネージャーという役職にいて、複数のチームを統括する立場にいます。各チームにはそれぞれリーダーがいて、チームの状況はリーダーが取りまとめて僕に報告してくれて、僕がそこに判断を下したり助言したりする...んだけれども。 リーダーからの報告を聞いていて圧倒的に疲れるのが「あいつはダメだ」「こいつのココが良く無い」だけの報告。 もちろんリーダーという立場は非常に大変なもので、メンバーとよくコミュニケーションを取っていかないといけないし、業務上でもチームを引っ張っていかなくてはならない。ある程度の人数がいるとどうしても色んなタイプが入ってくるので、ダメな部分がある人もいるし、リーダーとソリの合わない人だっているだろう。愚痴言いたくなるのはわかる、愚痴くらいナンボでも聞きますよ。 でも「だからこうした」「だからこうしたい」の改善/改善案が無い報告を聞くためにリーダーやってもらってるわけじゃないんですよ。チーム=仲間なのにリーダーが率先して粗探しばかりしてどうするの。そこをフォローしてチーム全体を向上させて下さいよ。部下の悪いところしか報告できないってのは即ちリーダーが無能ってことですよ。 最低限、以下の4つをリーダーに求めたい。 (1)状況を把握する 各メンバーの状況を把握し、困ってることが無いか、仕事を持て余してないか、もしくは手が空いてないか、等を洗い出す。特に困ってる人は自分から言ってこないので、小まめに声掛けしてあげると良い。お母さんの気持ちで接してあげてほしい。 (2)割り振りを判断する チームの中での仕事の割り振りをメンバーが相互に行うと、無理に頑張る人がいたり楽しようとする人がいたりして、必ず偏る。そして一度抱えた仕事は負荷が高くなっても外に出してこない。なのでリーダーが各メンバーの状況を把握したうえで、効率よく割り振ってあげると良い。適材適所なだけで無く、メンバーの経験値を高め次のステップになるためのチャレンジとしての割り振り方も必要。 (3)問題点を発見し、改善する 前述の通り、問題点を発見したら怒ったり上司に愚痴を言うだけじゃなくて、どうやって改善したらいいかを考えてほしい。「君のココがこうダメだと思うんだけど、どうやったら直ると思う?」と、改善方法を本人と一緒に考えても良い。考えても試してもうまくいかなかった...

Q.「技術者が中央に集中してしまう流れは止められないのか」

In responce to: ・ 田舎Ruby親方:プログラマの東京集中は止まらない ・ 東京に集中とか地方でプログラマとか - HsbtDiary @hsbt さんに名指しされたので、ちょっと長文書いてみましょうか。