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ブログで振り返る2014年の俺

1月

1月1日付けを持って転職し、1月2日に単身赴任先のアパートに移動。到着したは良いもののガスは開通しねーし布団も電気もねーしで、カプセルホテルに宿泊しつつ家財道具を整える年明けとなった。この単身赴任は6月まで6ヶ月間続くことになる。1ヶ月10万(家賃光熱費込み)という限られた予算で暮らすのは相当厳しく、救援物資に頼って生きていた。その節はみなさん本当にありがとうございました。
1月はひたすらに新しい職場、新しい仕事に慣れることを念頭に暮らしていたので、特に遊ぶことも無く過ごしていた。1月25日にはSAアソシエイトに合格。久しぶりのIT資格取得だった。

2月

単身赴任2ヶ月目、ようやっと余裕が出てきて、勉強会に参加したり遊びに行ったり出来始めた。バレンタインデーには妻と長女からチョコレートが届くサプライズも。本当に嬉しかった。
とは言えまだまだ仕事に慣れず、多忙な毎日が続いていて、あっという間に終わってしまた感がある。ストレスは酒とランニングで解消してた。

3月

単身赴任3ヶ月目。なぜか誕生日に暗いポエムを書いており、多分寂しかったんだと思う。妻に誕生日プレゼントとしてヘッドホンを買ってもらい、これは今も愛用してる。
相変わらず仕事は多忙だったけど、JAWS DAYS 2014に参加して大量のレポート記事を書いたり、雑誌のインタビューでちょっと名前が載ったり、やっと慣れてきた感じ。新しい環境で自分のペースで仕事できるようになるには、やっぱり3ヶ月くらい必要だなと実感した。

4月

単身赴任4ヶ月目。自社のフットサル部に入部した。ここから定期的にフットサルするようになり、だいぶ楽しかった。
また生まれて初めて人間ドッグを受診し、えー、辛かったです。だいぶ。
それと、2月から書き始めていた「アジャイルデータサイエンス」の付録が書籍化された。ただの付録なんだけど、それでもオライリーの書籍に自分の名前が載るのは感慨深いというか、すごいなぁと思う。転職しなかったらこんな経験をすることは無かっただろうな。

5月

単身赴任5ヶ月目で、東京生活もラストスパートということで、よく遊んだ(1,2,3,4)。また札幌に戻った後のことを考えてサッカー4級審判を取得。会社ブログも11本書いたし、いろんな形で精力的に活動した一ヶ月だったと思う。
ゴールデンウィークは1週間帰省し、久しぶりに家族とゆっくり過ごせた。

6月

単身赴任ラスト!オフィスの立ち上げで予定より早く札幌に帰ってきた。家族と一緒い居られるというのは本当に幸せで大事なことだと思う。でも6ヶ月間の東京単身赴任生活でたくさんの事を学んだし、自分の考え方とか生き方が変わったし、とても良かった。寂しかったけどな!
札幌に戻ってきてからオフィス立ち上げの作業で忙殺されていた。

7月

無事に札幌オフィスが開設。東京本社とロケーションが離れるのでどうなることか...と思ったけど、別に大きな問題も無く順調でした。
それと京都出張があったので、仕事ついでに遊んできた。夏の京都は暑かったけど楽しかった。

8月

ぶっちゃけRSR楽しかったしか記憶がない。

9月

息子のサッカー少年団のコーチを始めることにした。ついでにフットサル4級審判を取得。
左足首をがっつり怪我してしばらく走ることもままならず、ここからだいぶ太った。今も+4kgをキープしており、なんとかせねばならぬ。
小樽酒商たかのを知ったのもこの時期。その後 月イチくらいで行ってる。本当にいい店である。

10月

来年中学生になる長男のためにクラブチームのセレクションを受ける、が、2敗。結果的に12月になってから別のクラブチームの入団が決定した。中学生になってからも頑張ってね。
そしてまさかの妻は俺の嫁をアップデート
Choiの新系列店が出来て、その後くんせいChoiは定期的に行ってる。

11月

re:Invent2014に参加(1,2,3,4,5,6)。初の海外は人生観変わる経験だった。マジおすすめ。
日帰り十勝出張して、株式会社ファームノートさんのオフィスにお邪魔してきた。ファームノートさん、応援してます。
SysOpsアソシエイトに合格。Devアソシエイトが残っているので、東京出張時にでも取得したい。

12月

Techmix Hokkaido 2014を開催。ノリでやってみただけのイベントなんだけどたくさんの人に参加してもらえたし、喜んでもらえたみたいなので、良かったと思う。特に次回開催は考えていなかったんだけど、またやってもいいかなって気分。
iPhone6が出たというのにiPhone5sに乗り換え。しかし全く不満がない。十分だと思う。

最後に



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コメント

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リモートワークは仕組みじゃなくて文化です

ここ最近、コロナウイルス関連の報道が数多くあるが、その中でも多くの企業がリモートワークを推奨するという記事やプレスリリースが注目を浴びている。それ自体はもちろん大変望ましい。不要な対面での接点を減らすことで感染リスクを抑えることが出来るし、通勤ラッシュや首都圏への経済集中も抑制出来るからだ。

だがちょっと待ってほしい。リモートワークというのは社員が在宅で働くことだけを指すのではない。社員が在宅で働いても出社時と同じパフォーマンスが出ることをリモートワークというのだ。だからこの記事のタイトルで「リモートワークは仕組みじゃなくて文化です」と書いた。

弊社がリモートワークを導入したのは2011年の東日本大震災がきっかけだけれど、9年経った今、どのようにリモートワークを運用して、そしてパフォーマンスを維持しているかを共有したいと思う。以下のことが文化として根付けば、その会社のメンバーはリモートワークでもオフィスでも同じようなパフォーマンスが発揮出来るはずだ。

1.勤怠を厳密に管理しない え、だってダルくないすか。管理するの。何時に働き始めて何時に働き終わったかなんて関係ないっしょ。大事なのは働いた結果のアウトプットであり、働いた時間なんか問題じゃない。

2.休憩も厳密に管理しない え、だってダルくないすか。管理するの。何時に休憩し始め(ry

3.工数を厳密に管理しない え、だ(ry

4.目に見えるアウトプットを意識する 当然のことながら、仕事は結果が全てであり、結果が出なければどこで何時間働いたって意味がない。そして結果というのは目に見えなければ意味がない。 だからこそ、アウトプットを出すこと、アウトプットを評価することに徹底的にこだわる。それはドキュメントかもしれないし、お客様やパートナーとコミュニケーションするためのメールかもしれないし、社内の改善活動かもしれないし、メンバーへのフォローかもしれないし、ブログかもしれないし、Slackでの発言かもしれない。 とにかく目に見えないものは周りも認められない。目に見えるアウトプットしか評価されないし、そのために徹底的にアウトプットするんだ、という意識を社内でしっかりと作ることが重要。

5.コミュニケーションコストを意識する どんなに頑張っても、オンラインのコミュニケーションはオフラインのコミュニケーションの密度を越えられない…

41歳になりました

30代の頃は40歳になるまでの1年1年を意識しながら生きていたんだけど、40歳を越えてから自分の年齢にまるで興味が無くなり「あれ、今40歳だっけ、41歳だっけ」くらいの感じだったのですが、昨晩妻に確認したところ今日で41歳になりました。本厄ですが今の所は大きなトラブルもなく、もしかしたらコロナウイルスって僕が厄年のせいかな?くらいの気持ちでおります。

折角なので近況報告です。

コロナウイルス ... 現在弊社ではBCP体制として全オフィス閉鎖、全員在宅勤務、出張禁止となっています。僕も在宅勤務をしており、3月の出張を全てキャンセルしました。丸々一ヶ月自宅にいるのはなんと2015年8月以来4年7ヶ月ぶりです。ほぼ5年じゃん...この5年出張しかしてねえじゃん俺...おかげで毎朝6時起床で飲酒ゼロという健康的な生活を送っております。仕事 ... 2019年7月に弊社執行役員から取締役に変わったのですが、「使用人兼務役員だし大した変わらないだろ」と高をくくっていたところ、なんだかんだと自分の部署以外にも目を向ける必要が出てきたり、海外拠点のビジネスについても責任が伴ったりと、なんか結構変わっちゃったな、という感じです。41歳もまた新しいチャレンジをする一年になる予定なのでお楽しみに。家庭 ... 長女が大学進学して一人暮らしを始め、一安心していたところに長男が酒と煙草で停学2連チャンし自主退学、何とか私立高校に編入させて寮に引っ越しをさせ、結果的に妻と次男と3人暮らし、というのが現状です。この長男についてはまぁちょっと色々酷い時期があったものの、正直なところ僕も他人様に胸を晴れるほど立派な高校生だったわけでもないし、長男自体は編入後にすごく大人になったことから、コレ自体はまぁ長男にとって必要な経験だったんだろう、とポジティブに捉えています。彼も来年は高校卒業を迎えるので、ちゃんと手に職つけてくれると良いな。あと長女には2歳年上の彼氏が出来ました。うん、お父さん大丈夫。お父さん冷静。お父さんちょっとジム行ってくる。英語 ... 1日2時間の英語の勉強時間をキープし続けて、まぁとりあえず海外に独りで行っても困らないし、英語のミーティングは70%くらいは言ってることわかる、たまに返事も出来る、くらいが現状。今年も勉強頑張ります。大学 ... 僕は工業高校卒ですぐ就職しており大学…

贅沢に対する恐怖に怯えている

僕が小さい頃、我が家は貧乏だった。

とは言え、極端なほどではない。家もあったし、サッカーという習い事も出来ていたし、三食ちゃんと食べることが出来た。でも例えば外食はしないとか、ブランドものの服は着ないとか(今思い出せばジャージ以外着たことなかった)、旅行には行かないとか、ファミコンを買ってもらえないとか、そういうレベルでは裕福ではなかった。母子家庭だったので父親はおらず、慰謝料は一銭も入ってくることがなく、母はいつも頑張って働いてくれていた。

そんな母の姿を見ていたから、僕もとにかく金を稼がなくては生きていないという想いが強く、中学時代は知り合いの伝手でちょっとした日銭が稼げるアルバイトをしていて、中学卒業後にはすぐに手に職を得ることが出来そうな工業高校に進学した。高校時代は平日も土日もずっとアルバイトで、年末年始も休まず働いていた。その後進学したいと思うようになり、高度専門士の取得が可能な4年生の専門学校への入学が決まっていたものの、金銭的な事情から進学を諦めざるを得なかった。結果として、高校卒業にすぐ就職した。

その後21歳という若年で結婚し、長女が生まれたけど、もちろん高卒で21歳の若者の給与なんかたかだか知れており、必死に働いた。本業だけでは食って行けず、知人の紹介で副業を持ち、朝8時から夜中3時まで働いた。結婚後の幸せ太りで10kg増えた僕の体重は、一番過酷だった2ヶ月間であっという間に元に戻った。

そんながむしゃらに生きて、今の僕がある。

率直に言えば、今の僕は僕の人生の中で最も金銭的な余裕がある。40歳になり、ある程度の給与を貰えるようになり、幸いなことにボーナスまでもらえる(僕がボーナスをもらったのは今の会社が初めてだ。ボーナスを初めてもらった時、「あ、ボーナスって本当に存在するんだな」と思った)ような状況だ。すごく幸せなことだと思う。

しかし、だからこそ、僕は贅沢が怖い。贅沢をすること、それに慣れること、そして贅沢にスポイルされることが怖い。必死に働いて、節約して、誰もやらないような泥臭い仕事をして、それで何とか生きていた経験の積み重ねが、今の僕を作っている。僕が今仕事をさせてもらえているのは、その経験を買ってもらえているからだけれど、それも「たまたま」であり、仕事がなくなった時にまた同じように必死の努力をしなくてはならない。必死の努力をするのは…