スキップしてメイン コンテンツに移動

「日本Ruby会議2011」に当日スタッフとして参加してきました

7月16日~18日に開催されました「日本Ruby会議2011」に、当日スタッフとして参加してきました!以下、日記です。

・2011年7月15日(金)
開催前日。準備の為に前日入り。道民参加組としてはTogetter - 「道民部、空港に無事到着できるのか?」のように多少ゴタゴタはありましたが、僕は何の影響も受けずスムーズに移動。羽田空港で道民参加組で集合し、ホテルにチェックイン。この時点で汗だくでした。東京やっぱり暑い、とにかく湿度が高くて蒸し暑い。道民には厳しいですね。

夕方から会場の練馬文化センターに入って前日準備。

僕はネットワーク組員として、@koiwa組長の指示の元、各ネットワーク機器を配置したり業者さんに配線指示したりしてました。特にトラブルも無く設営完了、引き上げ。ホテルに一度戻った後、角谷さんや島田さんたちと華王飯店で晩御飯。ここの料理は味も良いし値段も安いし、すごく良かったです。

部屋割りで@y_ogagagaさんと二人部屋に、さっくり安眠しました。ちなみに@y_ogagagaさんは僕と生活習慣が近く、二人部屋でも快適に過ごせました。


・2011年7月16日(土)
開催初日。

一発目のスタッフ朝会の後はネットワーク組員として活動。午前中に一部Ustream配信が切れる事態が発生した為、急遽一部ネットワークの構成変更を実施。その後は問題無く安定していたため、闇RubyKaigiを見学し大爆笑していました。いやー、闇、面白かったなぁ。2分LTというスタイルはテンポが良くて飽きることなく聴けますね。北海道でもやってみようかな、闇。

その後@koiwaさん、@kaznumさん、@y_ogagagaさんと4人で金ちゃんにちょっと飲みに。まぁ正直期待してなかったんだけど、そのとおりイマイチでした。今回の東京滞在では美味しいモツ焼きに行けなかったのがちょっと心残り。


・2011年7月17日(日)
開催二日目。

ネットワークが非常に安定しておりネットワーク組員として活動する必要が無くなった為、小ホールお手伝い担当に。こういう参加者の皆さんと直に接せるポジションはすごく好きなので楽しかったです。

他のスタッフにお願いして調整してもらって、角谷さんの「The Gate」だけ見に行きました。随所にカンフー・パンダが使われていたけど、Dave Thomas=ウーグウェイ導師と角谷さん=シーフー老師という関係性がうまく見えてるなぁと思いました。僕もこれからの2年間を考えなければいけないなぁ。

この日は懇親会がありました。かつてお会いした人、初めてお会いする人、いろんな人とたくさんお話が出来て良かったです。その後@koiwaさん、@kaznumさん、@darashiさんと4人でHUB 池袋東口店で二次会しました。


・2011年7月18日(月)
開催三日目、最終日。

この日も小ホールお手伝い担当に。喫茶自由を盛り上げるべく、いろいろ張り紙を作ってみました。この結果がどうかはわからないけれど、外国の方も飲み物や飴を取りに来てくれて、少し会話したり出来て、良かったです。

この日は浅里さん島田さん、それからMatzのKeynoteを見ることが出来ました。

浅里さんのセッションの僕のメモ:
・英語を勉強→動機が必要。どれくらいの英語力?→完璧になるまで待ってたらコミュニケーションなんかできない。完璧な英語をしゃべれるネイティブなんてそんなにいない。
・How→600選。なんにでも学ぶ。音楽から。日本語訳はしない。辞書は英語だけで使う(英英辞典)、絵付きも可。「日本人の英語」は結構面白い。とにかくたくさん、長いことやる。
・心構え→話さないと伝わらない。世界の公用語は英語じゃなくて「下手な英語」。
・仕事を探す→自分の能力をいかに上手く売り込むか、というゲーム。履歴書の形式が決まってない。コネ大事。自分のコードを世に出す。海外の会議に行き人脈を作る。Linkedln。
やっぱり英語、勉強したい!@kaznumさんに聞いたところ、とにかく量を聴いてシャドーイングをすることが大事だそうです。英語を勉強する時間、作っていきたいなぁ。

島田さんのセッションからは「楽しい」「とりあえずやってみる」この2つのキーワードがとにかく染みました。こうやって書いちゃうとすごく単純なことなんだけど。すごく良い発表だったと思います。道民は特に刺激されたんじゃないかなぁ。

撤収作業は非常に順調に完了、その後スタッフのチェックアウト会(全員が今回のRubyKaigiについて一言ずつ話す)をして、スタッフ打ち上げへ。会場は中国東北家郷料理 永利 池袋本店。料理は辛口のものが多かったんだけど、すごく美味しかった。会期中なかなか話せなかったスタッフの皆といろんなお話が出来て良かった!楽しかった!

その後、二次会に参加する元気の無いメンバーでホテルを確保。翌日朝一番の飛行機で北海道に帰ってきました。


全体を通して
僕にとって最初で最後のRubyKaigiを、こうしてスタッフとしてサポートすることが出来て、本当に嬉しいです。開催前に書いたとおり、僕の目標は
参加される皆様が気持ちよく過ごされて、「RubyKaigi楽しい」「良いRubyKaigiだ」って思ってくれるように、一スタッフとして頑張りたい
だったのですが、最後に参加者の皆さんを見送りしたときに「お疲れ様でした」とか「ありがとう」って言ってもらえたので、良い成果だったんじゃないかなと思います。

今回スタッフ参加して思ったのは、RubyKaigiスタッフチームのホスピタリティの高さです。これは中心となる実行委員会の方向性なんだろうけど、「スタッフ自身が楽しむ、そして参加者に楽しんでもらう」とか「スタッフがそれぞれ自分で判断できるところは判断して行動していい」とか、こういうのってリッツ・カールトンと同じ考え方なんですよね。実際スタッフの中で「ENJOY」というキーワードがよく使われていたんだけど、僕から見てもスタッフの皆が楽しく仕事出来てたなぁと思います(もちろん僕も楽しかった!)開始前の朝会・夜会もだけど、こういったスタッフチームの運営については、真似できるところはどんどん真似していきたいと思います。

それと、やっぱり、メンバーの豪華さ!スタッフ打ち上げで角谷さんに「すもけさん、お疲れ様」って言われて初めてジワッと感じたんだけど、こんな憧れの人たちと一緒にスタッフが出来るなんて、これだけでマジすごい。角谷さんにすもけって呼ばれるとかマジすごい。同じスタッフチームに高橋さんや角谷さんや、笹田さんまでいるなんて、すごい!ミーハーみたいだけど、ジワっときますよホント。

僕自身はインフラ技術者であり、仕事でソフトウェア開発することも無いし、趣味の範囲でしかRubyを使っていないんだけど、Rubyというキーワードだけじゃなく技術者という大きな枠の中で、僕がこれから進んでいく道を、もっと考えようと改めて思いました。以前から言っているとおり僕の夢は「技術者立国北海道=北海道を技術者が楽しく過ごせるパラダイスにする」なので、僕自身が技術者として成長し後進に背中を見せていくこと、そして技術者が交流を深め楽しく技術習得できる場所を作ること、これらの為に僕がやるべきことを、もっと考えて、アウトプットしていきたいと思います。

最後になりますが、RubyKaigi2011にいた全ての人に、感謝します。ありがとう!

コメント

このブログの人気の投稿

リモートワークは仕組みじゃなくて文化です

ここ最近、コロナウイルス関連の報道が数多くあるが、その中でも多くの企業がリモートワークを推奨するという記事やプレスリリースが注目を浴びている。それ自体はもちろん大変望ましい。不要な対面での接点を減らすことで感染リスクを抑えることが出来るし、通勤ラッシュや首都圏への経済集中も抑制出来るからだ。

だがちょっと待ってほしい。リモートワークというのは社員が在宅で働くことだけを指すのではない。社員が在宅で働いても出社時と同じパフォーマンスが出ることをリモートワークというのだ。だからこの記事のタイトルで「リモートワークは仕組みじゃなくて文化です」と書いた。

弊社がリモートワークを導入したのは2011年の東日本大震災がきっかけだけれど、9年経った今、どのようにリモートワークを運用して、そしてパフォーマンスを維持しているかを共有したいと思う。以下のことが文化として根付けば、その会社のメンバーはリモートワークでもオフィスでも同じようなパフォーマンスが発揮出来るはずだ。

1.勤怠を厳密に管理しない え、だってダルくないすか。管理するの。何時に働き始めて何時に働き終わったかなんて関係ないっしょ。大事なのは働いた結果のアウトプットであり、働いた時間なんか問題じゃない。

2.休憩も厳密に管理しない え、だってダルくないすか。管理するの。何時に休憩し始め(ry

3.工数を厳密に管理しない え、だ(ry

4.目に見えるアウトプットを意識する 当然のことながら、仕事は結果が全てであり、結果が出なければどこで何時間働いたって意味がない。そして結果というのは目に見えなければ意味がない。 だからこそ、アウトプットを出すこと、アウトプットを評価することに徹底的にこだわる。それはドキュメントかもしれないし、お客様やパートナーとコミュニケーションするためのメールかもしれないし、社内の改善活動かもしれないし、メンバーへのフォローかもしれないし、ブログかもしれないし、Slackでの発言かもしれない。 とにかく目に見えないものは周りも認められない。目に見えるアウトプットしか評価されないし、そのために徹底的にアウトプットするんだ、という意識を社内でしっかりと作ることが重要。

5.コミュニケーションコストを意識する どんなに頑張っても、オンラインのコミュニケーションはオフラインのコミュニケーションの密度を越えられない…

41歳になりました

30代の頃は40歳になるまでの1年1年を意識しながら生きていたんだけど、40歳を越えてから自分の年齢にまるで興味が無くなり「あれ、今40歳だっけ、41歳だっけ」くらいの感じだったのですが、昨晩妻に確認したところ今日で41歳になりました。本厄ですが今の所は大きなトラブルもなく、もしかしたらコロナウイルスって僕が厄年のせいかな?くらいの気持ちでおります。

折角なので近況報告です。

コロナウイルス ... 現在弊社ではBCP体制として全オフィス閉鎖、全員在宅勤務、出張禁止となっています。僕も在宅勤務をしており、3月の出張を全てキャンセルしました。丸々一ヶ月自宅にいるのはなんと2015年8月以来4年7ヶ月ぶりです。ほぼ5年じゃん...この5年出張しかしてねえじゃん俺...おかげで毎朝6時起床で飲酒ゼロという健康的な生活を送っております。仕事 ... 2019年7月に弊社執行役員から取締役に変わったのですが、「使用人兼務役員だし大した変わらないだろ」と高をくくっていたところ、なんだかんだと自分の部署以外にも目を向ける必要が出てきたり、海外拠点のビジネスについても責任が伴ったりと、なんか結構変わっちゃったな、という感じです。41歳もまた新しいチャレンジをする一年になる予定なのでお楽しみに。家庭 ... 長女が大学進学して一人暮らしを始め、一安心していたところに長男が酒と煙草で停学2連チャンし自主退学、何とか私立高校に編入させて寮に引っ越しをさせ、結果的に妻と次男と3人暮らし、というのが現状です。この長男についてはまぁちょっと色々酷い時期があったものの、正直なところ僕も他人様に胸を晴れるほど立派な高校生だったわけでもないし、長男自体は編入後にすごく大人になったことから、コレ自体はまぁ長男にとって必要な経験だったんだろう、とポジティブに捉えています。彼も来年は高校卒業を迎えるので、ちゃんと手に職つけてくれると良いな。あと長女には2歳年上の彼氏が出来ました。うん、お父さん大丈夫。お父さん冷静。お父さんちょっとジム行ってくる。英語 ... 1日2時間の英語の勉強時間をキープし続けて、まぁとりあえず海外に独りで行っても困らないし、英語のミーティングは70%くらいは言ってることわかる、たまに返事も出来る、くらいが現状。今年も勉強頑張ります。大学 ... 僕は工業高校卒ですぐ就職しており大学…

贅沢に対する恐怖に怯えている

僕が小さい頃、我が家は貧乏だった。

とは言え、極端なほどではない。家もあったし、サッカーという習い事も出来ていたし、三食ちゃんと食べることが出来た。でも例えば外食はしないとか、ブランドものの服は着ないとか(今思い出せばジャージ以外着たことなかった)、旅行には行かないとか、ファミコンを買ってもらえないとか、そういうレベルでは裕福ではなかった。母子家庭だったので父親はおらず、慰謝料は一銭も入ってくることがなく、母はいつも頑張って働いてくれていた。

そんな母の姿を見ていたから、僕もとにかく金を稼がなくては生きていないという想いが強く、中学時代は知り合いの伝手でちょっとした日銭が稼げるアルバイトをしていて、中学卒業後にはすぐに手に職を得ることが出来そうな工業高校に進学した。高校時代は平日も土日もずっとアルバイトで、年末年始も休まず働いていた。その後進学したいと思うようになり、高度専門士の取得が可能な4年生の専門学校への入学が決まっていたものの、金銭的な事情から進学を諦めざるを得なかった。結果として、高校卒業にすぐ就職した。

その後21歳という若年で結婚し、長女が生まれたけど、もちろん高卒で21歳の若者の給与なんかたかだか知れており、必死に働いた。本業だけでは食って行けず、知人の紹介で副業を持ち、朝8時から夜中3時まで働いた。結婚後の幸せ太りで10kg増えた僕の体重は、一番過酷だった2ヶ月間であっという間に元に戻った。

そんながむしゃらに生きて、今の僕がある。

率直に言えば、今の僕は僕の人生の中で最も金銭的な余裕がある。40歳になり、ある程度の給与を貰えるようになり、幸いなことにボーナスまでもらえる(僕がボーナスをもらったのは今の会社が初めてだ。ボーナスを初めてもらった時、「あ、ボーナスって本当に存在するんだな」と思った)ような状況だ。すごく幸せなことだと思う。

しかし、だからこそ、僕は贅沢が怖い。贅沢をすること、それに慣れること、そして贅沢にスポイルされることが怖い。必死に働いて、節約して、誰もやらないような泥臭い仕事をして、それで何とか生きていた経験の積み重ねが、今の僕を作っている。僕が今仕事をさせてもらえているのは、その経験を買ってもらえているからだけれど、それも「たまたま」であり、仕事がなくなった時にまた同じように必死の努力をしなくてはならない。必死の努力をするのは…