ネガティブフィードバックを恐れるより、ネガティブフィードバックをもらえないことを恐れるべき
ここではネガティブフィードバックの定義を「相手の成長のために、問題点を指摘し、改善を促すこと」とする。なのでただの人格否定や悪口ややる気を損ねるような言い草は入らないし、根拠や理屈の無い感情の発露も除外するし、問題点を指摘するだけで改善を促さないことも含めない。ただ傷つけるだけを目的としているものはフィードバックとは呼ばない。あくまで相手の成長のために行うものがネガティブフィードバックである。
なお、フィードバックはファクトを伝えるのみで、その相手が感じたファクトをどのように扱うかは本人次第、というやり方もあるけど、僕的にはせっかく伝えるならその後の提案までしたほうがより良い結果が出ると思っているので、改善を促すことをセットにしている。
では何故ネガティブフィードバックは行われるのか。それは相手に成長して欲しい、あるいは改善して欲しいという気持ちがあるからだ。そして何故ネガティブフィードバックが行われないのかといえば、相手に興味がない、あるいはコストをかけてまで相手の成長を促したり改善したりする気がないから、ということになる。
ネガティブフィードバックはとても難しい。相手の問題点を正しく伝える必要があるし、やる気を損ねないような表現をする必要もある。場合によっては関係性がこじれたり、相手が傷ついたり怖がったりすることもある。そしてどのように改善したら良いのか手助けしなくてはならない。ネガティブフィードバックはその前提となる信頼関係がないと上手く働かない。
こういったリスクやコストをかける価値を相手に感じていないのなら、多くの人はネガティブフィードバックをしないだろう。めんどいもん。それでもネガティブフィードバックをしてくれるというのは、それだけの信頼や期待があるということなのだ。
ネガティブフィードバックを恐れる必要はない。なぜならそれは(言ってしまえば)愛だからだ。恐れるべきはネガティブフィードバックをもらえないことであり、それだけの信頼関係を他者と築けていないことだ。
社会も、会社組織も、独りでは成り立たない。他者とのコミュニケーションは生きていくための基盤だ。フィードバックを前向きに受け止めよう。フィードバックをもらったことを喜ぼう。そして自身の成長に繋げよう。
中原 淳(著)