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如何にして僕が「祈るな、戦え」と考えるようになったか

これはただの独白で、誰に向けたものでもなく、同意も共感も求めていないことを最初に記しておく。僕がここで書きたいのは、今の僕の性格の根幹にある「祈るな、戦え」という考え方がどのように培われたか、ということだ。

まずは背景を書く。

幼少期の僕の家はとにかく貧しかった。両親が早くに離婚して母に引き取られた僕は、母方の祖父母の家で暮らすことになった。高齢の祖父母(特に祖父は病気で寝たきりだった)とパートの母では大きな収入など見込めることなく、中学生になった頃からアルバイトで自分の小遣いを稼いでいた。
それでも高校くらいは進学したいと考えて自分自身で奨学金の手続きを行い、工業高校に進学。放課後や長期休みは全てアルバイトに費やした。その結果授業中はほとんど寝てるような生徒だったがそれでも無事卒業。
その中で大学進学を考え始め、実際に合格するも学費を捻出することができず断念。そのまま高校時代のアルバイトのツテから運送会社に就職した。
その後IT業界に転職するも、高卒であった僕の給与は手取り12万円。いわゆるブラックというやつで、毎日0時過ぎまで仕事して、土日も仕事だったけど、残業代も休日出勤手当も無かった。妻と長女の3人で、この給与でなんとか生きていた。やっと世間一般と同じような収入を得ることができたのは30代も半ばだった。
というように、僕の人生はとにかく貧困とセットだった。

また、僕が10代だったのは1990年代で、現在と比べてとにかく直接的な暴力が多い時代だった。学校の先生にだって殴られたし、不良に持ち物を奪われることも少なくなかった。小学校の担任から暴行を受けて足の骨を折った友達もいる。僕自身もかつて受けた暴力で未だに左耳が少し潰れている。
そんな中で生きていくためには戦うしか無かった。殴られたら殴り返したし、暴力で奪われたら暴力で奪い返した。人生の中で暴力を振るったことがない人というのが一定数いるようだけど、僕が過ごした環境ではそういう人は踏み潰されるだけだった。
当たり前だけど、もちろん暴力は良くない。決して許されない。今現在、僕が暴力を振るうようなことは絶対に無い。それでも、その術がないと生きていけない環境だって昔はあったのだ。

こんな人生の中で、「祈るな、戦え」という考え方は形成された。求めたって誰も守ってくれないし、お金もくれないし、権利も認めてくれない。安全も、金も、権利も、がむしゃらに頑張って、認めてもらって、その引き換えでしか得られなかった。戦う以外の選択肢が無かった。

僕は、他の人に同じような人生を歩んでほしいとは決して思っていない。祈るだけで、願うだけで、主張するだけで、得られるものもあるだろう。人間社会なんだから、法律に認められたものは誰もがノーリスクで手に入れられる、それが本来は正しいはずだ。
でも僕はそういう人生を送っていなかったから、求めれば与えられるなんて信じられない。結局の所、自分の人生は自分で守るしか無いし、そのためには戦わざるをえないことだってあるのだ。

「祈るな、戦え」という考え方を全ての人に正しいと認めてもらいたいとは思わない。僕もこの考え方を他の人に押し付けるつもりはない。こういう考え方を怖い、非文化的だ、暴力的だと思う人だっているだろう。戦えない人や頑張れない人がいるのも理解している。

それでも、僕は自分が過ごした人生の結果こう考えるようになったし、今後も生きていくだろう。

祈るな、戦え。

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