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RISING SUN ROCK FESTIVAL 2017 in EZOに行ってきた #RSR17

行ってきました。例年通り弟と弟彼女と3人で。

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前日に荷物を準備していたんだけど、どうも雨になりそうだったので急遽ヘキサゴンタープを購入。当日は朝9時に弟に迎えに来てもらって会場へ向かう。今年は人が多かったようで会場外駐車場へ向かう道で既に大渋滞。僕たちは花畔大橋側から並んだんだけど、どうも小樽側から回りこんで並んだほうが早かったようだ。

会場外駐車場から荷物を持って歩いて行き、ボヘミアン側から入場して、ヘブンズテントサイトへ。僕たちのテントサイトは羊でサンステージ近く。テントの上にヘキサゴンタープを立てることで雨宿りする場所を確保。これが2日目で絶大な力を発揮するのであった。

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初日アーティスト感想。

  • 10-FEET ... テントで酒飲みながら聴いていた。さすが長くやってるだけあって曲持ってるなー。
  • B'z ... B'zを初めて聞いたのが小学5年生で「太陽の小町エンジェル」だっんだけど、30年経って初めてライブ見た。マジで良かった。スクリーン前くらいまで入っていたt。「さまよえる蒼い弾丸」でいきなりブチ上がって「Liar! Liar!」でテンションマックス。「裸足の女神」が聴けたのも嬉しかった。衝動→juiece→ギリギリchopでラストはウルトラソウッ!
  • 夜の本気ダンス ... 前回RSRに来た時も見たんだけど今回もすごく良かった。前回より上手くなった気がする。会場がRAINBOW SHANGRI-LAで、横からすっと入ったら結構前のほうに行けた。
  • レキシ ... 晩御飯にサムライのスープカレーを食べながら見た。相変わらずやりたい放題で、まぁレキシっぽいステージでしたね。
そのまま就寝。

2日目は7時半に雨の音で目が覚めて、一回外に出てモエレ天然温泉たまゆらの杜で風呂に入り、松屋で飯を済ませ、プロのでレインハットを追加購入。テントにリターンしてとりあえずタープ屋根の下でビール。

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2日目アーティスト感想。

  • BAND-MAID ... 最高だった。音源よりもライブの方が音も重いしボーカルも迫力があった。特にドラム素晴らしい。ドラムがしっかりとリズムでバンドを先導している感じ。そしてみんな可愛かった。特にボーカルの女王様的な煽り方がすごかった。ぶっちゃけ踏まれたい。ゾクゾクする。
  • John John Festival ... 弟オススメで見に行ったんだけど、雨の中踊り出しちゃう感じ。アイルランドのサウンドが小気味好い。リズム隊のトシバウロンさんの謎の楽器(後ろで抑えている手によって音が変わる)がすごかった。あとトシバウロンさんがメバネを外しに来てた。超面白かった。
  • back number ... 今回は声が出てた。高嶺の花子さんが聴けたので大満足。途中で抜けてらっきょのスープカレー食べた。
  • 久保田利伸 ... 大御所素晴らしい。声も体型も何も変わってなかった。LA LA LA LOVESONGからスタートしてmissingで号泣。日本におけるR&Bの先駆者としてしっかりとしたステージだった。
  • Awesome city club ... 。ボーカルが音源より歌上手かったのと、女の子が予想外に踊ってた。恋の胸騒ぎと今夜だけ間違いじゃないことにしてあげるが聴けて満足。RAINBOW SHANGRI-LAでは横からすっと入ると前のほうに行けるのが良い。
  • マキシマムザホルモン ... 前回はアルバム出した直後だったので収録曲メインだったけど今回はベスト盤的なセトリだった。亮君ほんと痩せたな。ナオ姉も元気そうで何より。実は最初ギターの音が抜けていて微妙だったんだけど、途中でPA調整が入ったらしくちゃんとバランス良くなった。
そしてSonixtation行こうと思ってたけどダルくなって酒飲んで寝た。

翌日は8時頃目が覚めてお片づけして飯食って帰宅。

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今年は久しぶりの雨フェスだったけど、装備のおかげで快適に過ごせたし、とても楽しかった。去年よりもたくさんライブ見れたのも良かった。楽しかった。

また来年!

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リモートワークは仕組みじゃなくて文化です

ここ最近、コロナウイルス関連の報道が数多くあるが、その中でも多くの企業がリモートワークを推奨するという記事やプレスリリースが注目を浴びている。それ自体はもちろん大変望ましい。不要な対面での接点を減らすことで感染リスクを抑えることが出来るし、通勤ラッシュや首都圏への経済集中も抑制出来るからだ。

だがちょっと待ってほしい。リモートワークというのは社員が在宅で働くことだけを指すのではない。社員が在宅で働いても出社時と同じパフォーマンスが出ることをリモートワークというのだ。だからこの記事のタイトルで「リモートワークは仕組みじゃなくて文化です」と書いた。

弊社がリモートワークを導入したのは2011年の東日本大震災がきっかけだけれど、9年経った今、どのようにリモートワークを運用して、そしてパフォーマンスを維持しているかを共有したいと思う。以下のことが文化として根付けば、その会社のメンバーはリモートワークでもオフィスでも同じようなパフォーマンスが発揮出来るはずだ。

1.勤怠を厳密に管理しない え、だってダルくないすか。管理するの。何時に働き始めて何時に働き終わったかなんて関係ないっしょ。大事なのは働いた結果のアウトプットであり、働いた時間なんか問題じゃない。

2.休憩も厳密に管理しない え、だってダルくないすか。管理するの。何時に休憩し始め(ry

3.工数を厳密に管理しない え、だ(ry

4.目に見えるアウトプットを意識する 当然のことながら、仕事は結果が全てであり、結果が出なければどこで何時間働いたって意味がない。そして結果というのは目に見えなければ意味がない。 だからこそ、アウトプットを出すこと、アウトプットを評価することに徹底的にこだわる。それはドキュメントかもしれないし、お客様やパートナーとコミュニケーションするためのメールかもしれないし、社内の改善活動かもしれないし、メンバーへのフォローかもしれないし、ブログかもしれないし、Slackでの発言かもしれない。 とにかく目に見えないものは周りも認められない。目に見えるアウトプットしか評価されないし、そのために徹底的にアウトプットするんだ、という意識を社内でしっかりと作ることが重要。

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41歳になりました

30代の頃は40歳になるまでの1年1年を意識しながら生きていたんだけど、40歳を越えてから自分の年齢にまるで興味が無くなり「あれ、今40歳だっけ、41歳だっけ」くらいの感じだったのですが、昨晩妻に確認したところ今日で41歳になりました。本厄ですが今の所は大きなトラブルもなく、もしかしたらコロナウイルスって僕が厄年のせいかな?くらいの気持ちでおります。

折角なので近況報告です。

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贅沢に対する恐怖に怯えている

僕が小さい頃、我が家は貧乏だった。

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そんな母の姿を見ていたから、僕もとにかく金を稼がなくては生きていないという想いが強く、中学時代は知り合いの伝手でちょっとした日銭が稼げるアルバイトをしていて、中学卒業後にはすぐに手に職を得ることが出来そうな工業高校に進学した。高校時代は平日も土日もずっとアルバイトで、年末年始も休まず働いていた。その後進学したいと思うようになり、高度専門士の取得が可能な4年生の専門学校への入学が決まっていたものの、金銭的な事情から進学を諦めざるを得なかった。結果として、高校卒業にすぐ就職した。

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そんながむしゃらに生きて、今の僕がある。

率直に言えば、今の僕は僕の人生の中で最も金銭的な余裕がある。40歳になり、ある程度の給与を貰えるようになり、幸いなことにボーナスまでもらえる(僕がボーナスをもらったのは今の会社が初めてだ。ボーナスを初めてもらった時、「あ、ボーナスって本当に存在するんだな」と思った)ような状況だ。すごく幸せなことだと思う。

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