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サンフランシスコ旅行記 [2/16(火)]

大体はElastic{ON} 2016 at San Francisco参加日記 [2/16(火)] #elasticonに書いたんだけど、会社ブログには書けなかったことをこちらで補足。

まずは時差対策。朝4時に起きてそのまま寝ずに18時の飛行機に乗って寝たら、多少途切れるけれども6時間程度しっかり寝れたので、これは良かったと思う。飛行機用の楽なズボンを用意しなかったのは不覚。次回はちゃんと用意しよう。

成田空港でちゃんと事件を起こすあたり、自分らしさが失われてなくて素敵だなと思った。
今回はツアーじゃないので自分で飛行機もホテルも確保。Kayakで直行便最安だったUnited Airlineを使ったんだけど、席個別のモニターも無いし、ドリンクも機内食も微妙だった。DELTAのほうが良かったかなぁ、次回は考えよう。

入国審査は、一応全部の質問に答えられたけど、聞き直さないとわからないものもあった。しばらく出張続きでDMM英会話をやれていなかったのもあるし、そもそも勉強不足なんだと思う。もっと頑張ろう。

サンフランシスコは本当に暖かく、到着後すぐにダウンジャケットとヒートテックを脱いだ。短パンTシャツでOK。ちなみにこの格好でセブンイレブンに行ったら店員に「オー、超クールなTシャツだな、知ってるぜ。お前Googleか?」って言われた。どんだけ有名なんだトレジャーデータ。

Daisuke Sasakiさん(@smokey.d.monkey)が投稿した写真 -

サンフランシスコ到着後、とりあえずGolden Gate Bridgeに行こうとしたんだけど、Muniのバスの運転がめちゃめちゃ荒くて、乗車してきたおばあさんが座る前に動いた結果おばあさんが盛大に転び、金具に頭をぶつけて出血。慌てて手元の手ぬぐいで血を拭ってあげていたら、救急車が到着し、僕たちは別のバスに乗り換えさせられた。お気に入りの手ぬぐいだったんだけど、捨てられちゃっただろうな、無念。別のおばあさんが僕の行動にサムズアップしてくれたのが嬉しかった。

Daisuke Sasakiさん(@smokey.d.monkey)が投稿した写真 -

お昼はFisherman's WharfのNick's lighthouseでランチ。クラブサンドイッチ(とビール)を頼んだ。美味しかったけどめちゃめちゃ量多いし、顎痛くなっちゃった。会計時は領収書に最初からチップの金額が書いてあって、これはこれでわかりやすくて良いと思う。

Daisuke Sasakiさん(@smokey.d.monkey)が投稿した写真 -

Fisherman's Wharfから見えるのが「あの」アルカトラズ島。感慨深い。いつか渡ってみたい。


ホテルでは、カウンターのおねーさんがめちゃめちゃ早口で半分も聞き取れず。ノーチャージでベットの2つある部屋に変えてもらえたのは良かった。もっと英語喋れるようになりたいな。


サンフランシスコの町の感想。坂が多いし急。これ、徒歩で生活するのは大変だろうな。家もだいぶ無理して立ててる感じ。でも大きなビルよりも個別住居が多くて、住みやすいんだろうなと思う。バスなどの公共交通機関も発達してるし。物価はラスベガスとあんまり変わらない。街並みは、これアメリカはどこ行ってもそうなんだけど、汚い。ゴミはあちこち散らばってるし、犬のフンもたくさん落ちてる。物乞いも多い。もうちょっと皆で頑張れば、もっと良い都市になるだろうにね。住んでる人たちは皆優しくて、どこの店員さんも英語ができない僕に優しく接してくれるので、ありがたい。

さて、これで初日は終了です。明日からが本番。頑張ります!

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リモートワークは仕組みじゃなくて文化です

ここ最近、コロナウイルス関連の報道が数多くあるが、その中でも多くの企業がリモートワークを推奨するという記事やプレスリリースが注目を浴びている。それ自体はもちろん大変望ましい。不要な対面での接点を減らすことで感染リスクを抑えることが出来るし、通勤ラッシュや首都圏への経済集中も抑制出来るからだ。

だがちょっと待ってほしい。リモートワークというのは社員が在宅で働くことだけを指すのではない。社員が在宅で働いても出社時と同じパフォーマンスが出ることをリモートワークというのだ。だからこの記事のタイトルで「リモートワークは仕組みじゃなくて文化です」と書いた。

弊社がリモートワークを導入したのは2011年の東日本大震災がきっかけだけれど、9年経った今、どのようにリモートワークを運用して、そしてパフォーマンスを維持しているかを共有したいと思う。以下のことが文化として根付けば、その会社のメンバーはリモートワークでもオフィスでも同じようなパフォーマンスが発揮出来るはずだ。

1.勤怠を厳密に管理しない え、だってダルくないすか。管理するの。何時に働き始めて何時に働き終わったかなんて関係ないっしょ。大事なのは働いた結果のアウトプットであり、働いた時間なんか問題じゃない。

2.休憩も厳密に管理しない え、だってダルくないすか。管理するの。何時に休憩し始め(ry

3.工数を厳密に管理しない え、だ(ry

4.目に見えるアウトプットを意識する 当然のことながら、仕事は結果が全てであり、結果が出なければどこで何時間働いたって意味がない。そして結果というのは目に見えなければ意味がない。 だからこそ、アウトプットを出すこと、アウトプットを評価することに徹底的にこだわる。それはドキュメントかもしれないし、お客様やパートナーとコミュニケーションするためのメールかもしれないし、社内の改善活動かもしれないし、メンバーへのフォローかもしれないし、ブログかもしれないし、Slackでの発言かもしれない。 とにかく目に見えないものは周りも認められない。目に見えるアウトプットしか評価されないし、そのために徹底的にアウトプットするんだ、という意識を社内でしっかりと作ることが重要。

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41歳になりました

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