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「既婚者はモテる」はただのコミュニケーションの結果

「既婚者はモテる」という話、聞いたことありませんか?宴会の話題なんかでは、良く出る話の一つだと思います。
実際、僕も結婚してから「かっこいい」とか「素敵」とか言われることが増えました。むしろ独身時代には、そんな言葉を言われたことは無かったのですけれど。



コレ、もちろん実際にモテる人もいるでしょう。しかし大概はお世辞です。そして既婚者がお世辞を言われやすいのは、相手にとって安全圏にいるからです。既婚者だけじゃなく、特定のパートナーがいる人もね。

お世辞というのはコミュニケーションを円滑にする手段の一つです。それがお世辞だとわかっていたとしても、言われるほうは嬉しいもの。しかしモテ系のお世辞というのは、相手の態度を増長させたり、勘違いさせたりすることもある、わりと難しい手段です。
ですが、既婚者にはそれがありません。既婚者にお世辞を言ったって、相手が大きな勘違いをして(例えば自分のことを好きなんじゃないかと思い込んだりして)、面倒臭い問題に巻き込まれる恐れが無い。
逆に、独身者だったり、「危うい」既婚者だと、相手の変な勘違いで面倒臭い問題に巻き込まれる可能性がある。だから安易にはお世辞を言えないんです。

これは、逆も然り、です。既婚者は自分が安全圏にいるのがわかっているから、他者にお世辞を言いやすい。相手も「既婚者の人が言っている以上これはお世辞だ」という前提認識で聞いてくれるだろうと思っているからです。

その結果、既婚者ほどお世辞を言われやすい。「かっこいい」「すてき」「かわいい」「きれい」なーんてね。だから、「既婚者はモテる」なんて話が生まれてくるんです。これが真相なんじゃないでしょうか。


...逆に、既婚者が、自身の安全圏を逆手にとって、「擬似恋愛=傷つく可能性の少ない恋愛ごっこ」をすることで、物足りなさを慰める、という手法を取る人もいるのですが、これはまた別のお話なので割愛。


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