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ジャンベのワークショップに参加してきた

今日はアサラト友達の@watarumiroさんに誘われて、@dubstronica(a.k.a. だぶ)さんと@langholic(a.k.a. キャシー)さんと一緒に、ジャンベのワークショップに行ってきました。ミロくんありがとう!



場所は渋谷のSTUDIO音楽館です。参加者の皆さんは20名程度。先生がすごく感じの良い人で、その雰囲気が全体に伝わっており、すごく和気藹々とした良いワークショップでした。ワークショップのメンバーで5月にステージがあるらしく、皆さんはその練習。僕たち初心者三人組は、低音・中音・高音の叩き分けと、基本のリズムを教わって、他の皆に合わせて叩いたり、ステージで演奏する楽曲を聴かせて頂いたりしました。
(photo by langholic)

感想としては、まず慣れないうちはかなり手が痛いということ。低音・中音はともかく、高音は少し硬い角を手のひらで叩くので、終わった後に青く内出血していました。これはたぶん叩き方が悪くて、肘を使って上から叩くのでは無くて、相撲で言う突っ張り的な叩き方をしてしまったせいだと思います。上手になれば解決するんでしょうね。

そして、すんげー音が気持ち良いんです。音がちゃんと叩き分けられて、リズムになってくると、腹に響く振動が超気持ち良い。これはヤバイ。ジャンベヤバイ。ジャンベとケンケニ・サンバン・ ドゥンドゥンで構成された楽曲、僕はこういう音楽をあんまり聴いたことが無かったのですけど、すごくパーカッショナブルで、祭囃子的な楽しさがあって、すごく良かったです。もっとこういう音楽聴いてみたいなー。

あっという間の2時間でした。本当に楽しい、素敵なワークショップでした。誘ってくれたミロくん、ワークショップの皆さん、本当にありがとうございました!ジャンベはちょっと高いので自分で買うのは難しいけれど、札幌でもこういう教室があれば、ぜひ参加したいなーと思います。

また、ミロくんに「すもけさん、なんかアフリカっぽいですよね」と言われたことを記しておきます。どういう意味だ

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