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2009年ついったー道民大忘年会を行いました

12/26(土)、2009年ついったー道民大忘年会を行いました。

Twitter道民ユーザの忘年会は3年目になります。元々関東で大々的にやっていたのが羨ましくて始めたのですが、いつの間にか定番になってしまいました。3年とも僕が幹事をやっていますが、これはたまたま言い出しっぺだったというだけです。

今年は関東・関西・他各地域で大掛かりにやっていたのですが、その余波というか、なぜか参加者50人という大所帯に。2007年が7人、2008年が15人なのに、2009年が50人とかまるで予想していませんでした。この規模なら幹事はチームでやるべきでした...来年は誰が幹事をやるにせよ、チームでやったほうが良いだろうと思います。

そんなわけで、お店の50人キャパ個室を確保してみたら実際はキッツキツだったり(これは冬服だということを考慮に入れなかったのも原因です)、飲み物と食べ物が配給のようにドカドカ持って来られてしまいテーブルが非常に狭くなってしまったり、飲み物の注文が来るのが遅かったり、会計を@irasallyさんと@makiesさんにお手伝い頂いたり、他の幹事慣れしている皆さんが飲み物やお皿を回してくれたり...と、幹事としては非常に申し訳無い状態でした。参加者の皆さんがご不満に思われた部分は僕の至らなさのせいです。今後僕自身の改善に繋げていきたいと思いますので、ぜひ今回の忘年会の感想やレポをBlog等に書いて頂けると嬉しいです。

でも!でもですよ!僕はホッッントウに面白かったです!正直一番楽しかったのは僕だったんじゃないかってくらい楽しかったです。あんまりゆっくりお話出来なかったけど、ずっと会いたいと思ってた人に会えたり、久しぶりの人と再会できたり、新しい出会いが非常に面白かったりしました。本当に本当に、参加者の皆さん、どうもありがとうございました!皆さんが僕と同じように、楽しい時間を過ごして頂けたのなら、すごく嬉しいです。

2010年も、Twitterを通じて、仲良く遊んでいければと願います。繰り返しになりますが、本当に皆さんありがとうございました。

コメント

  1. 1人幹事は30人が限界よね。
    ほんとおつかれさまでした♪
    参加したかったなー。来年も時期さえあえば、是非参加したいというもの!

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  2. 来年はぜひ!というか幹事チーム側で!w

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リモートワークは仕組みじゃなくて文化です

ここ最近、コロナウイルス関連の報道が数多くあるが、その中でも多くの企業がリモートワークを推奨するという記事やプレスリリースが注目を浴びている。それ自体はもちろん大変望ましい。不要な対面での接点を減らすことで感染リスクを抑えることが出来るし、通勤ラッシュや首都圏への経済集中も抑制出来るからだ。

だがちょっと待ってほしい。リモートワークというのは社員が在宅で働くことだけを指すのではない。社員が在宅で働いても出社時と同じパフォーマンスが出ることをリモートワークというのだ。だからこの記事のタイトルで「リモートワークは仕組みじゃなくて文化です」と書いた。

弊社がリモートワークを導入したのは2011年の東日本大震災がきっかけだけれど、9年経った今、どのようにリモートワークを運用して、そしてパフォーマンスを維持しているかを共有したいと思う。以下のことが文化として根付けば、その会社のメンバーはリモートワークでもオフィスでも同じようなパフォーマンスが発揮出来るはずだ。

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2.休憩も厳密に管理しない え、だってダルくないすか。管理するの。何時に休憩し始め(ry

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